寝具の汚れを嫌って、傍らの小卓の隅で昨夜からの多量の吸殻に埋もれた灰皿の底に、風化する軽金属の膚に増殖し脆く盛りあがった灰白色の錆めいて見える、煙草の先端でどのように微かな振動にも呆気なく崩壊し去るほど成長した棒状の灰を誤りなく落とすための、注意深く抑制された腕そして肩の微細な動きにさえ、硬い発条の軋む耳障りな金属質の呻き声で克明に反応する、時代がかった大型の寝台の上に怠惰な姿勢で横たわりながら、一様に煤、脂、埃で汚らしく黒ずんだ天井と壁の交差する部屋の隅の窪みを漠として眺めあげ、頭蓋の仄暗い内奥にいつしか確かな存在感をもって凝固し終えた想念をあらためて、その意味の重さを噛みしめるように低い声で呟いてみる。 完璧な自殺それが問題だ。 目醒めて三本目の煙草に火を点け、どこか鬱屈して凶暴な翳のある想念に至る、意識の薄明に錯合する捩れ縺れた迷路を辿りながら、脂で不快に荒れ果てた口蓋、舌、喉を騙しつつ、辛い刺激的な紫煙を肺の奥深く吸い込み、それが充分に血液に溶けだすまでのあいだじっと息をつめて、胸の裏側に疼く微かな痛みが点々と散るのに軽く耐え、ほとんど本来の蒼い色彩が消えた透明に近い煙が、数秒の後に鼻そして口から吐きだされるのを眺めつつ、なおあてどなく意識の迷路を辿り続ける。 笠井潔『熾天使の夏』冒頭